森の香り* 魂のヒーリングセラピー

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小牧山城、ここにあり

ここ小牧の地には、
こんもりとした木々に覆われた小高い山があり、
その頂上には、「小牧山城」が築かれている。

小牧山城は、今から460年前、
織田信長によって築城され、その信長亡き後、
息子である織田信雄(のぶかつ)と徳川家康が、
豊臣(羽柴)秀吉との戦い(小牧・長久手の戦い)に備えて陣を張った場所でもある。

近年、“天下分け目の戦い”とは、
この地で行われた、小牧・長久手の戦いを筆頭に
そう呼ぶにふさわしいのではないかとも言われはじめている。


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小牧山から北側に少し離れた場所から眺めていると、
あたかも飛行機が山に突っ込んで行くかのように見えることがある。

山の南側を見下ろす先には、
小牧空港や小牧基地があり、
飛行機はそこを目指して着陸態勢に入るためである。

今、山全体を樹木に覆われた小牧山からは、
夏の盛りでシャンシャンと蝉の声がいつやむとも知れず延々と響き渡る。

過ぎし日の戦国時代の歴史を抱えた山が
今年も夏を迎えた。

小牧山の歴史はそれだけではない、
戦時中には、年若い青年たちが
特攻隊の任務に就き、戦闘機で飛び立って行った、
その光景を、山は記憶しているはずだ。


以前、奈良の山奥にある玉置神社を訪れたとき、
宮司さんが、私に話して下さったことを思い出す。

「あんたは、小牧から来たんか、そうか・・。
飛行場があるな。
そこにおったよ。
仲間がみんな特攻隊で飛んで行った。
わしはそれを見送った。
その光景を今でも忘れられない・・・。
誰も帰っては来なかった・・。」

その時はなぜそんな話を聞くことになったのか分からなかった。
小牧の地からあのような山奥の神社を訪れる人は珍しいからだろうくらいに思っていた。

でも、今は思うのだ。

その話を聞く意味があったのだと。

人は皆、幸せを求めて神様に祈るだろう、
けれども、まず、今の自分が無事に生きていられるのは、
過去の多くの人の犠牲の上に、
平和な今があるからだということを忘れてはならない。

幸せとは何か?

当時の人の幸せとは、
「戦争の無い世になること」
「ご飯をお腹一杯食べられること」
「家族が皆で一緒に暮らせること」

ではなかっただろうか。

戦国時代でもそうだ、
健やかであること、
戦の無い世を目指し、天下統一をはかることが、
いかに困難なことであったか。


過去を懸命に生きた人々の切なる祈りや、
御国のためにと多くの命が犠牲になった事実、
その上で得られた平和を、
現代人はこれまで享受して来た。

確かに、祈りは聞き届けられてきたのだ。

現代人の過ちとは、
今在る幸せを、幸せとは思えないことではないか。

それは、すなわち、不幸であるとも言える。

だから、過去を、歴史を、知ることは大切だと思う。


山は、城は、いつも変わらずに在り、
確かに歴史はあったのだと静かに伝えてくれている。


明日13日から、NHKの大河ドラマ『どうする家康』で、
小牧・長久手の戦いの場面が描かれ、放映されるそうだ。

だからこういった内容のブログを書こうと思ったわけではないが、

ふと、車窓から小牧山と大きな飛行機を目にした時、
いつも変わらない姿を見せてくれている小牧山が、
いつまでもその佇まいを変えないでいてほしいと切に思ったからだった。




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[ 2023/08/12 12:33 ] 神話・歴史 | TB(-) | CM(-)

新たな時代へ

令和 元年、明けましておめでとうございます

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4月30日の、陛下のお言葉で、
「・・国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、
幸せなことでした。・・」

このお言葉の中に、
どれ程の思いがお在りだろう、と思いました。

30年以上の月日に渡る、象徴としてのお働き、
そして、国民あっての象徴という立場、
そこに感謝と幸せを感じ、
最後のお言葉にされたことに、
深く胸を打たれました。


新しい元号が初めて公表されたとき、
「れいわ」という言葉の響きの中に、
凜とした希望を感じ、安堵のような納得を覚えました。

そして、「れい」という響きから、
「黎明(れいめい)」
という言葉が浮びました。

「黎明」とは、「明け方、夜明け、
新しい事柄が始まろうとすること」とされています。

そして、「れいわ」という言葉には、
零(レイ)と輪(ワ) 
「ゼロ」を暗示することができます。

つまり、
「ゼロからのはじまり、出発、スタート、
今一度、原点に還り、より良い世界を実現していきましょう。」
そんな意味合いが読み取れるようです。

海外では、ビューティフルハーモニー
「美しい調和」と訳されていました。

日本は、世界のひな形だと言われています。

宇宙の成り立ちを彷彿とさせる新元号、

古の文明は、繁栄と衰退を繰り返し、
今回、また同じ転換のサイクルの時に、
地球は来ていると言われています。

令は、号令の「れい」でもありますから、

「さぁ、新しい世界の幕開けです、
調和を目指し、目覚めて下さい、
今がその時です・・」

新たな時代の始まりに、
一人一人、国、世界が、
永劫の安泰と幸せ、調和に向けて、
迎えたこの時を、希望と共に、
大切に胸に刻みたいと思います。




[ 2019/05/03 14:39 ] 神話・歴史 | TB(-) | CM(0)

神話「岩戸開き伝説」を読み解く

天照大御神(アマテラスオオミカミ)と八百万(やおよろず)の神々の
「岩戸開き伝説」をご存じの方もいらっしゃると思いますが、
この伝説に、現代を読み解く、神意が示されているように思いますので、
それについて書いてみたいと思います。

最初に、その内容ですが、
『天照大御神が、弟である須佐之男命(スサノオノミコト)の
乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)な振る舞いに怒り、
天岩屋(あまのいわや)に引き籠もってしまいます。
その結果、高天原(天上界)と地上界が、暗闇の世界となり、
さまざまな禍が発生することになりました。

八百万の神々は困り果て、
思兼神(オモイカネノカミ)の発案により、会議を行います。

岩戸の前で様々な儀式を行った後、
天宇受賣命(アメノウズメノミコト)が、伏せた桶の上に乗り、
胸をあらわに踊ったので、集まった神々は大笑いをします。

その笑い声を聞いた天照大御神は「いったい何事だろう」と
天岩戸を少し開けます。
その時、「尊い神が現われたから、それを喜んでいるのです」
と言って、天児屋命(アメノコヤネノミコト)と、布刀玉命(フトダマノミコト)が、
天照大御神の前に鏡を差し出しました。

その鏡に映し出された自分の姿が、
その「尊い神」だと思った天照大御神は、その姿を
もっとよく見ようと岩戸をさらに開けたとき、
隠れていた天手力男神(アメノタジカラオノカミ)がその手を取って、
岩戸の外へ引きずり出し、すぐに布刀玉命が、
しめ縄を岩戸の入り口に張りました。

こうして天照大御神が岩戸の外に出てきたことで、
天上界も地上界も明るくなり、元の世界を取り戻すことができました。』
というお話です。


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これを、現代の状況と照らし合わせるなら、
今は、ほんの少し岩戸を開いた天照大御神が、
鏡に映った「尊い神」を見て、
実は、それが自分のことであったと、
気づきつつあるところと言えなくはないでしょうか。

須佐之男命の乱暴狼藉な振る舞いとは、
例えれば、
自らの行いを省みない現代人の在りようと捉えることができ、
社会から身を隠し、引き籠もっている人等は、
天照大御神と同じ立場であると言えます。

そんな時、会議により、
神々は、それぞれ得意な役割を受け持ち、
皆で力を合わせて、天照大御神をなんとか外に連れ出そうと
力を合わせます。

思兼神は知恵で、
女神天宇受賣命は美と踊りで、
天児屋命と布刀玉命は、はかりごとで、
天手力男神は腕力で、
他の神々は愉快な笑いで。

それぞれの神が、自らの役割を持ち、
この世界に再び光をもたらそうと力を合わせました。

そして、天照大御神が行ったこととは、
ほんの少し扉を開いただけ、
そのタイミングを見計らって、
天手力男神が腕力で引っ張り出しました。

その扉とは、もしかしたら、「心」の扉かもしれません。

何かを信じて、誰かを信じて、そして、
自分を信じて、
ほんの少し、扉を開きさえすれば、
それを見定めて、引っ張り出してくれる人が現われる。

天照大御神は、
ただ、その存在だけで、そこにいるだけで、周りを照らす存在。

その光は、分け隔て無く、
何に対しても、光を照らす。温もりを届ける。

それが、役割です。

しかし、天照大御神が出てこなければ、
この世界には、さまざまな禍が発生した、とあります。

世界を照らす、とは、それ程までに大きなお役目なのですね。

私たちは、皆、役割を持って産まれてきています。

その役割を、活かせるかどうかは、
本人の意志だけでは不十分で、
周りの力、サポートが必要だということも、
この物語は伝えているのではないでしょうか。

自身の役割とは何かを一人一人が自覚し、
天手力男神が良いタイミングで天照大御神を引っ張り出したように、
然るべきタイミングを読み、適切な役割と、その行いをしていくこと、
それが、この神話の意味に隠されている、神意の一つではないかと、
思います。

今、世の中の、間違いを正しく判断でき、あるいは純粋さゆえに、
岩戸に隠れざるおえなくなってしまった人達の、
一人一人の岩戸開きが求められているところではないでしょうか。


※神々の名前や読み方、神話の解釈には諸説あるようですので、
先の神話の説明が必ずしも正しいということはありません。



[ 2018/03/14 16:52 ] 神話・歴史 | TB(0) | CM(-)